大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成4年(行ウ)29号 判決

原告 逢澤邦久 ほか二一名

被告 川崎市長

代理人 渡邉和義 飯塚洋 比嘉毅 近藤晃 江本修二 ほか五名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  控訴費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、平成四年二月二四日、公栄リアルエステート株式会社及び株式会社エッチアンドエム都市計画建築事務所に対し、川崎市指令高建(イ)第一二号をもってした開発行為許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主位的申立て

主文同旨

2  予備的申立て

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者及び本件処分)

(一) 被告は、公栄リアルエステート株式会社及びエッチアンドエム都市計画建築事務所(以下「公栄及びエッチアンドエム」という。)からの左記開発区域(以下「本件区域」という。)に係る都市計画法(以下「都計法」という。)二九条による平成三年九月一〇日付開発行為許可申請に対し、平成四年二月二四日、川崎市指令高建(イ)第一二号をもって、開発許可処分(以下「本件処分」という。)をした。本件処分の大要は次のとおりである。

開発区域に含まれる 川崎市高津区大字下作延字辰ノ

地域の名称     谷三七一番一ほか一筆

開発区域の面積   二八〇九・八一平方メートル

予定建築物等の用途 中高層共同住宅(一棟五三戸) 建売分譲

工事施工者住所氏名 横浜市中区尾上町六―八六―一

東海興業株式会社横浜支店

取締役支店長

山本盛一郎

工事着手予定年月日 平成三年一〇月一日

工事完了予定年月日 平成五年 九月三〇日

自己の居住又は業務の用に供するものか否かの別

その他

(二) 原告らは、肩書住所地に居住する住民であり、本件区域の南側隣地(下方)又は北側隣地(上方)に居住しており、本件処分に基づく開発行為によって起こりうる崖崩れ、地滑り又は土砂の流出により、その生命、身体、健康、精神及び生活に関する基本的権利並びに有効な生活環境を享受する権利を侵害されるおそれがある。

また、原告らのうち、関圭作、山崎俊昭、村田忠雄、逢澤久彌及び野村寛一(以下「一部原告ら」という。)は、後述のアースアンカー工法による工事(以下「本件アースアンカー工事」という。)により、その土地所有権を侵害されることになるものである。

2  (本件処分の違法性)

(一) 公栄及びエッチアンドエムが行おうとしている開発行為の内容は、本件区域内において崖を削って整地した後に別紙物件目録記載の建物(マンション)を建築するもの(以下「本件開発行為」という。)であるが、右掘削による崖崩壊防止のために、土留壁を設置しなければならず、右土留壁を維持・固定するためにアースアンカー工法(崖に向かって孔を穿ち、セメントを注入し、鋼線を挿入後土留壁に固定する方法)を採ることが予定されている。

(二) しかしながら、本件区域においてアースアンカー工事を施工する場合、セメント注入用の孔を、崖面から水平やや下の角度で深く掘削する必要があるため、孔の開口部は本件区域の境界線内にあっても、孔の中間部分及び底部は本件区域の境界を越えて、その上部に位置する一部原告ら所有の土地に達することは明らかであり、それゆえ右工事の施工は、一部原告らの土地所有権を侵害することになる。

(三) ところで都計法三三条一項一四号(以下「一四号」という。)は、開発行為の許可条件として「当該開発行為をしようとする土地若しくは当該開発行為に関する工事をしようとする土地の区域内の土地……につき当該開発行為の施工又は当該開発行為に関する工事の実施の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていること」が必要であることを定めており、これは開発行為の完遂の確実性を確認するために、開発行為の施工等により権利を害される者の相当数の同意を要求したものであるが、本件において、崩壊防止行為としてアースアンカー工事が施工されるならば、同工事は「当該開発行為に関する工事」に該当し、その工事によって一部原告らを含む崖上部の土地所有者らの所有権が侵害されるのであるから、その相当数の同意が必要になる。ところが、一部原告らは全員が本件開発行為に反対しており、同開発行為については右相当数の同意が得られていないので、本件処分は一四号に違反する。

3  (本件処分に至る経過)

本件処分について、原告らは、平成四年四月一八日、川崎市開発審査会に対し、処分の取消しを求めて審査請求をしたが、右審査会は、同年八月五日、審査請求の一部を却下し、その余を棄却する旨の裁決を行い、同月一七日、その裁決書が原告ら代理人方に送達された。

4  以上のとおり、本件処分は違法であるから、原告らはその取消しを求める。

二  被告の主位的申立ての理由(本案前の主張)

1  原告らは、本件処分について、その取消しを求める法律上の利益(原告適格)を有しないから、本件訴えはいずれも不適法であり、却下されるべきである。理由は以下のとおりである。

2(一)  行政処分取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるについての「法律上の利益」を有する者に限り提起することができるものである(行政事件訴訟法九条)ところ、行政処分の取消訴訟が、その取消判決の効力によって当該処分の法的効果を遡及的に失われて、処分の法的効果として個人に生じている権利、利益の侵害状態を解消させ、もって、右権利、利益の回復を図ることを目的とするものであることにかんがみると、右の「法律上の利益」とは、このような権利、利益の回復を指すものであって、行政処分の取消訴訟につき原告適格を有する者は、当該処分の法的効果として自己の権利、利益を侵害され、もしくは必然的に侵害されるおそれのある者に限られるというべきである。もっとも、これらの権利、利益は、当該処分がその本来的効果として制約を加える権利、利益に限られず、行政法規が明文の規定又は当該法規の合理的解釈によって、個人の権利、利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利、利益をも含んでいるものと解されている。

(二)  原告らは、本件処分に係る開発行為によって、「身体、健康、精神及び生活に関する基本的権利並びに有効な生活環境を享受する権利」を侵害されるとし、少なくとも本件区域に隣接する崖上部に土地を所有する一部原告らにおいては、その土地所有権が本件アースアンカー工事によって侵害される旨主張する。

しかし、その主張する権利の内容、法的根拠が明確でない上、そもそも都計法上の開発許可制度は市街化区域及び市街化調整区域内において行う開発行為を都道府県知事(本件では川崎市長)の許可に係らしめることによって都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって公共の利益の保護、増進を図ることを目的としているものであり(都計法一条、二条)、また、開発許可処分の根拠法条である都計法二九条及びその審査基準を定める同法三三条も、それによって開発区域付近の個々の住民に対して個別的、具体的に原告らの主張に係る右権利を付与し、これを保護するために行政権の行使に制約を課したのではなく、他にこれを窺わせるような規定が設けられていないことにかんがみれば、仮に開発区域の周辺住民が原告らの主張に係る右権利を享受することがあるとしても、これは法により保護された利益ではなく、単なる事実上の利益、すなわち一般的公益の保護を通じて反射的に保護される利益にすぎないのであって、本件処分によって、原告らの権利に何らかの具体的法的効果(権利、利益の侵害状態)が発生するものではないから、原告らの主張に係る右権利をもって、原告らに原告適格を認めることはできない。

3(一)  都計法による開発行為が「主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更」(四条一二項)であることからすれば、開発行為の許可審査とは、当該開発行為によってその土地の区画形質がどのように変更され、それが同法三三条の審査基準に適合しているか否かを判断することであり、その審査対象は、当該開発行為によって完成する結果であって、開発行為がどのような工法、手段によって行われるのか、もしくは、このような工法、手段を実行することが可能かどうかなどはそもそも審査の対象とはならない。

(二)  このように、開発行為の許可審査に当たって、開発行為の過程において手段として行われる個別具体的な工事の内容、実行可能性等を審査しない以上、開発許可処分には開発許可申請者に対し開発行為を実施するための工法、手段を特定したり、当該工法以外の工法を採ることを禁止したりする法的効果はない。

(三)  したがって、仮に一四号が具体的な法的効果の発生を予定しているものと認められるにしても、同号も、前述の開発行為の許可審査の一つとして行われる以上、審査対象となるのは、開発行為を実施するための工法や手段として行われる工事と衝突しうる土地所有権等を有する者の同意を得たかどうかではなく、当該開発行為が実現しようとする工事の結果と衝突しうる土地所有権等を有する者の同意を得たかどうかであると解すべきである。

(四)  原告らは、本件アースアンカー工事が「当該開発行為に関する工事」に含まれる旨主張するのであるが、同工事が本件開発行為に不可欠であるとの根拠が明確でないのみならず、そもそも全体としての開発行為を実施するための一工法、一手段として行われるにすぎない部分的な工事の場所、内容、実行可能性等は開発許可審査の対象とはならないのであって、それにもかかわらず、同工事が「当該開発行為に関する工事」に含まれ、開発行為許可権者が土地所有権等を有する者の相当数の同意の有無を審査しなければならないとするのは、法の趣旨に矛盾するものである。

(五)  以上のとおり、本件処分の効果として、本件アースアンカー工事が実行されるわけではないのであるから、同工事による原告らの土地所有権の侵害を理由に本件訴訟における原告適格を認めることはできず、また、一四号の同意権の侵害についても、右同意を得るべき者には原告らは含まれないのであるから、これをもっても原告適格を認めることもできない。

三  被告の主位的申立てに対する原告らの反論

1  被告は、取消訴訟の原告適格を、当該処分の法的効果として自己の権利、利益を必然的に侵害されるおそれのある者に限るとし、原告らの受ける利益は、事実上の利益であって、一般的公益の保護を通じて反射的に保護される利益にすぎないとする。しかし、右所論は、基本的人権の保障を旨とする現代の行政訴訟に適合せず、行政の民主的統制という現代的要請からは到底採りえない理論というべきである。当該処分行為によって良好な生活環境が侵害されるおそれがあるならば、これを享受しようとする近隣住民は、その取消訴訟について原告適格を認めるべきである。

2  仮に、被告の主張のごとく法律上の利益説に立つとしても、一部原告らの原告適格は当然には否定されない。すなわち、

(一) 一部原告らの原告適格の根拠として主張されている一四号は、明らかに不特定多数の具体的利益を一般的公益の中に解消しえない規定となっている。つまり、都計法三三条一項のその余の規定が、許可基準とその適用に関する規定であるのに対し、一四号は、許可を一定の者の同意に係らしめており、右同意なくしては開発許可を行ってはならないのである。したがって、その同意を必要とする範囲で、行政権の行使に対する制約となっているのであり、法がこのように利害関係人の同意を規定している以上、同意対象者の利益は反射的利益ではなく、法律の保護する利益というべきである。

(二) そのうえ、一四号は、開発行為の結果だけを審査対象としているのではなく、工事の実行可能性をも審査対象としているもので、「当該開発行為をしようとする土地」と「当該開発行為に関する工事をしようとする土地」とを区別し、かつ「開発行為」と「開発に関する工事」とを区別していることからすれば、開発行為の対象となる土地以外の土地であっても、当該開発行為自体に伴って必然的に実施せざるをえない行為の対象となる土地について、開発行為が実現しようとする工事結果と衝突しうる土地所有権等の権利を有する者がいる場合、又は開発行為の施行もしくは開発行為に関する工事の実施に当たり、その妨げとなる権利を有している者がいる場合には、開発行為の完遂の確実性を確認するために、その者の同意を求めていることは明らかである。

(三) ところで、本件で一部原告らが問題としている本件アースアンカー工事は、本件開発行為予定地の区画形質を変更するに際して必然的に実施せざるをえない工事であるから、一四号の「開発行為に関する工事」に該当し、しかも、右工事は開発行為の対象である土地を越え、一部原告ら所有の土地を侵襲するものである。してみると、一部原告らの右土地は「当該開発行為に関する工事をしようとする土地」に当たり、同原告らは、「当該開発行為に関する工事の実施の妨げとなる権利を有する者」、したがって、一四号の同意権者に該当し、その同意がないままになされた本件処分は違法であるので、その取消しを求める原告適格がある。

四  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1(一)は認める。

2  同(二)は不知。

3  請求原因2(一)は認め、同(二)は不知。同(三)は争う。

4  請求原因3は認める。

第三証拠〈略〉

理由

一  被告が本件処分をしたこと(請求原因1(一)の事実)は当事者間に争いがない。

二  原告らが本件訴訟に関し、原告適格を有するかどうかを判断する。

1  取消訴訟の原告適格について、行政事件訴訟法九条は、処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる旨規定しており、取消訴訟の目的・意義からすれば、右「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきである。

そして、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を、それが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべき趣旨を含むものと解される場合には、右法律上保護された利益があると解すべきであるが、同利益は、行政法規が、もっぱら他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果、その付随的効果として一定の者が受けることになる反射的利益とは区別されるべきである。

したがって、当該処分によりその法的効果として自己の権利が侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者、もしくは当該行政法規が個々人の個別具体的な利益をも保護することを前提として、当該処分によりその法的効果として右利益が侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある、その利益の帰属主体である者に限り取消訴訟の原告適格を有するものと解すべきである。

ところで、原告らは、本件処分の結果良好な生活環境が侵害されるので、従前これを享受していた本件区域の近隣住民である原告らに対しては、本件訴訟の原告適格を認めるべきであると主張する。これは原告らが従来享受していた良好な生活環境は、少なくとも法的保護に値する利益に当たり、これを有する者は当然に本件処分の取消訴訟について原告適格があるという主張と解されるが、右のような見解は行政事件訴訟法九条及び同一〇条の文意に反するばかりでなく、法的保護に値する利益か否かの判断基準が不明確とならざるをえず、かつ主観的訴訟であるところの取消訴訟の本来的性質と矛盾する場合が生ずるおそれもあるから、採りえない。

結局、本件においては、本件処分によりその法的効果として原告らの権利が侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあると認められる場合に当たるかどうか、あるいは本件で問題となっている都計法の開発許可制度が個々人の個別具体的な利益をも保護していると認められ、かつ本件処分の法的効果として原告らの主張する各利益が侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあると認められるか否かを検討すべきことになる。

2  都計法は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的として、都市計画に必要な事項を定めることとし(一条)、農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市計画及び機能的な都市活動を確保すべきこと、並びに適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念としている(二条)。つまり都市計画は、右目的を実現するための計画、すなわち、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用、都市施設の整備及び市街地開発事業に関する計画であり(四条一項)、その計画においては、無秩序な市街化を防止し、計画的な市街化を図るため、都市計画区域を区分して、市街化区域及び市街化調整区域を定めるものとされている(法七条)。

そして、都計法上の開発行為とは、主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更をいうものであり(四条一二項)、都市計画区域内において開発行為をしようとする者は、原則として、都計法及び同法施行規則に定める事項を記載した申請書及びこれに添付すべき図書等を提出して(三〇条)、あらかじめ都道府県知事(八六条一項に基づく委任がなされた場合は、委任を受けた市長)の許可を受けなければならず(二九条)、都道府県知事等は、開発許可の申請があった場合において、同法三三条一項各号に定める許可基準に適合しており(市街化調整区域に係る開発行為については三四条の条件が付加される。)、かつ申請手続が同法及び同法に基づく命令の規定に違反していないと認めるときは、開発許可をしなければならない(三三条一項)と定められている。

したがって、都計法二九条に基づく開発行為の許可は、都道府県知事等が、健全で文化的な都市生活及び機能的な都市活動の確保、並びに適正な制限のもとでの土地の合理的な利用という都市計画の基本理念に基づき、申請に係る開発行為が同法三三条等に適合しているかどうかを公権的に判断するものであり、もって、都市の健全な発展と秩序ある整備による国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進という都市計画の目的の実現を図るものであるから、開発行為の許可制度における右公権的判断は、もっぱら国土の発展及び公共の福祉の増進という一般的、抽象的な公益の実現に依拠してなされるものと解することができる。もっとも、公益の実現は、終極的には個々人の権利あるいは利益の保護に帰着するものではあるが、同法は一般的な不服申立の規定を置いている(五〇条、五一条)のみであり、同法三三条一項各号によって保護しようとする権利ないし利益の対象や範囲の特定も困難であることを考えると(一四号については後述する。)、開発行為の許可制度が、個々人の個別具体的な権利、利益を保護しているものとは認め難い。

また、右開発行為の許可は、これを受けなければ適法に開発行為を行うことができないという法的効果を有する公権的判断であって、もとより、許可を受けたことにより当該開発行為の許可申請者に私法的な権利、権原が付与されるものではなく、私人間の権利関係に何らかの変動がもたらされるものでもない。したがって、開発行為の許可自体の法的効果として、許可申請者の周辺住民の権利、利益に対する侵害又は侵害のおそれが生ずるものではないし、右侵害等が正当化されるものでもない。そして、仮に右侵害等が生ずるとしても、それは直截に許可申請者の開発行為自体によってもたらされるものであるから、侵害を受けた者あるいは侵害を受けるおそれのある者は、私法的に、自らの権利に基づき工事差止め等の訴えを提起することにより権利侵害を排除、予防すべきことになる。

3  そうすると、〈証拠略〉により、原告らが本件区域周辺に土地を所有し(一部の者)、あるいは居住していることは一応窺えるけれども、前述のように、都計法二九条の開発行為許可の法的効果として、周辺住民の権利侵害あるいは権利侵害のおそれがもたらされるものではなく、また、開発行為の許可制度がそもそも個々人の個別具体的な利益を保護しているとも解し難いのであるから、原告らが原告適格の根拠として主張する「生命、身体、健康、精神及び生活に関する基本的権利並びに有効な生活環境を享受する権利」について、その全部又は一部が、法的権利あるいは法的利益として承認できるかどうかはさておき、いずれにしてもその侵害の有無を判断すべき前提を欠くことになると言わざるを得ない。なお、同法三三条一項六号、九号、一〇号にそれぞれ「開発区域及びその周辺の地域における環境の保全」との文言があるが、これは開発区域全体あるいは周辺地域における良好な居住環境をもって、一般的な公益として配慮したものと解されるから、これをもって右結論が左右されるものではない。

したがって、原告らは、その主張にかかる右「権利」をもって、本件処分の取消を求めるについての法律上の利益の存在を根拠づけることはできないというべきである。

4  次に、一部原告らは、一四号の同意権に基づく原告適格の主張をしているのでこれを検討する。

一四号は、当該開発行為をしようとする土地もしくは当該開発行為に関する工事をしようとする土地の区域内の土地等について、当該開発行為の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ることを開発行為の許可基準の一つとして規定している。

一四号の趣旨は、当該開発行為の妨げとなる権利を有する者の同意を得させることによって、開発行為の完遂の確実性を確認しようとすることにあり、また、許可が得られるかどうか不明の段階で全員の同意を得ることを要件とするのは、開発行為の申請者に対して過大な経済的危険負担を負わしめることとなるおそれがあるから、「相当数の同意」としたと解される。しかし、当該開発行為の申請者は開発行為の許可を受けたからといって、そのことにより当然に当該開発区域等について何らかの私法上の権利、権原を取得するものではないから、当該開発区域等について権利を有する者がいる場合には、その者の同意を得なければ工事を行うことができず、一方同意を与えていない権利者については、その権利が、何ら侵害されないことは前述の開発行為許可の法的効果から明らかである。

一部原告らは、一四号が都計法三三条一項の他の各規定とは異なり、当該開発行為に関する同意権者の同意を必要とする範囲で、行政権の行使に対する制約となっているのであるから、右同意権は反射的利益ではなく、法律の保護する利益であり、したがって原告適格が認められるべきである旨主張する。しかしながら、一四号が、当該開発行為に関連する土地等に利害関係を有する者の同意を具体的に求めていることは明らかであるが、法文上は「相当数の同意」という極めて曖昧な表現で、同意権者としての保護範囲も曖昧であることや、同意を与えていない者の不服申立に関する規定を別個に設けていない法の態様等からすると、右同意は、あくまでも円滑な開発行為の遂行というもっぱら開発行為の進行を担保するという意味において、当該開発行為の許可の審査基準としての意義を有するものであり、更に進んで、同号が開発行為許可申請者と同意権者との間の私法上の個別具体的な権利関係に介入しているものとまで解することはできない。しかも、同号は、開発許可基準を定めた都計法三三条一項の一条項として位置づけられており、三三条の趣旨が、良好な市街地の形成を図るため、市街化区域、市街化調整区域を通じて宅地に一定の水準を確保させることを目的として定められたことにあると解されること及び前述の開発行為の許可自体の法的性質を考慮するならば、一四号のみを特に他の各号と区別して取り扱う理由は認められないから、一部原告らの右主張は採りえない。

したがって、一部原告らに限ってみても、同原告らが本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは認められない。

三  以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも原告適格を欠く不適法な訴えであるから、その余の点について判断するまでもなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 尾方滋 秋武憲一 藤原道子)

物件目録〈略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例